1.訪問者

ふたりは、石畳に覆われた安らぎの都リヴェールで、薬を売って生計を立てていた。シルキーが微笑みかける。

「ね、言ったとおりでしょ?あんたの薬は需要あるんだって」

スパイシーな薬草の香りに満ちたキッチンにも笑い声が届き、この人がいてよかったと心がやわらいだ。年中片付かない戸棚に、帰り道で仕入れた新品の瓶や珍しい素材をひとつずつ並べながら、良き友である彼女の楽しげな声に耳を傾ける。

「あんたを拾ったおかげで、うちのショボいギルドも大繁盛ね!大手は戦闘系ギルドでも、才能ありと見れば、こーんな冴えない薬師まで抱え込むもんなのね…」

今日の儲けを勘定するのに忙しく手を動かす彼女が、どっしりした木のテーブルから、にんまりと目配せをしてくる。何か言い返そうと思ったが、その必要はなかった。すぐに玄関の扉がけたたましく叩かれた。

「はぁーい!今行きます!エリクシア、私忙しいから出て!」

どう見ても彼女の方が玄関に近いが、主人には逆らえまい。エリクシアは仕方なく、今にも叩き割られそうな扉を開けた。

「何かご用でも?」

目の前にいたのは、青い顔で滝のように汗を流している若い男だった。落ち着かない様子である。一般的な狩人の装いで、修繕が間に合っていない小ぶりの弓を腰に下げ、薄汚れた紺色のマントに身を包んでいた。革靴は泥にまみれている。

「ジャバウォックが!仲間が…!街の真ん中で、妙な場所に…!!」

「ジャバウォックが街に出たのですか?」

混乱して必死に説明をする男に、怪訝な顔で聞き返す。信憑性を疑うわけではないが、そんな話は今まで一度も聞いたことがなかった。

「そうなんだ!仲間と…木の実狩りから帰って…2人っきりになって!それで、それで…」

「お兄さん♪落ち着いてください。ほら、これ飲んで。」

「ありがとう、シルキー。」

様子を見かねたシルキーが、薬湯を男に差し出す。妖精の大瓶は光でその色をわずかに変える、不思議な液体だ。控えめなローズと蜂蜜の香り。アイテム名と効果は世界共通だが、薬師であるクリエイターは、消費アイテムに香りをつけることができる。その香りは作り手によって様々であり、香りの良し悪しと品揃えで、人は薬師を選ぶ。
この“ギルド木の実薬局”は、もともとはメンバーがシルキー1人だけという小さなギルドだったが、リヴェールでは確かな薬師として名が知られていた。

「飲んでください。彼女の薬は一級品ですよ。」

ごくん、と喉を鳴らし、男は怯えながらも汚れた手で受け取った。

「私シルキー。お兄さんのお名前は?」

「ドッヂです…。」

恐る恐る瓶を口に近づけ、華やかな香りに安心したのか、少しずつ飲み始める。
それにしても、緊急事態にこんな小さな薬屋に助けを求めるなんて、よほどパニックだったのだろう。それとも、戦闘ギルドに助けを求めて、たらいまわしにされたんだろうか。
一口ずつ、ゆっくり流し込む姿を見守る間に、シルキーは目につく傷に応急処置を施していく。よく気がきく人だとつくづく感心する。
年季の入った柔らかい革張りのソファに誘導し、最後の一滴まで飲み干したところで、今度は先ほどよりも落ち着いた様子で語り始めた。

「仲間と2人で木の実狩りから帰ったところだったんです…。街の真ん中を歩いていると、突然足元が光りだしました。」

「気づいたら吸い込まれていて、森の中にいました…。タワーの3階によく似た場所でしたが、不気味なくらい静かで…。」

街の真ん中にワープが出現したということだろうか。これが本当なら、とんでもない事態だ。街はもう安全とは言えなくなる。

「続けてください。」

「はい。2人で出口を探したんですが見つからなくて、目の前にジャバウォックが出て…あっという間に、仲間は…」

「仲間の子にはまだ会えてないの?」

「そうです。死んだとは思いたくないです…きっとどこかにいます。それで誰か助けてもらえないか、ギルドを回ってみたんですが、話を信じてもらえませんでした…」

信じられないのも頷ける。平和主義なリヴェールの住民は争いを好まないし、こんな突拍子もない話だ、首を突っ込むのを躊躇うのは当然だろう。

「ドッヂさん…は、どうやってその森からリヴェールに帰れたのですか?」

「わかりません…。逃げ回り続けて気を失ってしまって。気づいたら戻れていたので、僕も一瞬夢だと思いました…。でも30分も経ってなかったように思います。」

「なるほど。街に突然現れたポータル。その先にはジャバウォック。逃げ道はないが、気づいたら街に戻っていた、と…。」

これは調べたほうがよさそうだ。彼の仲間の安否も気にかかる。壁に掛けられた時計を見ると、彼が訪ねて来てからすでに1時間は経っていた。
でも、調べるといってもどうやって?
また同じ現象が起こるとも限らない。起こったとしても、ジャバウォックが出るとするならこちらも用意が必要だ。
項垂れる彼を前に頭を巡らせてみる。そういえば過去に似た話を聞いたような…。

「エリ!」

丸いエメラルドの瞳が訴えかけてくる。言いたいことはわかっている。彼女なら選択肢はただ一つ、困っている人は必ず助ける。主人がそう望むのなら、私の選択肢も一つだ。
深く息をついて、立ち上がる。

「…現場に向かいましょう。」

シルキーが力強く頷く。
あれこれ考えるのは、まずは現場を見てからでもいいだろう。
私は、部屋の隅に無造作に投げられ埃をかぶっている戦闘用装備に手早く身を包む。懐かしい感触だ。もう使うことはないと思っていたのに…。
同じく準備を終えた彼女は、泣き出しそうなドッヂを立たせ、玄関へ向かう。
開けた扉から吹き込む風が、彼女の長いブロンドの髪を撫でた。

「ありがとうございます…。仲間が助かったら、何でもやります!」

力に、なりたい。
しかし、戦闘を捨てた身でもある。

「申し訳ないけど、安否は保証できない。でも全力は尽くす。さあ、助けに行きましょう。」

そして、軋むドアは閉まり、ひっそりと静まりかえる平屋の薬屋。机には書きかけの帳簿が、戸棚の足元には戸棚に収まるのを待つ素材の山が。とろ火で煮こまれていたミルク鍋は、シューシュー歌いながら鍋蓋を踊らせていた。